会長からのご挨拶
第22期の会長を拝命しました伊庭治彦です。2ヶ年の任期において本学会の発展に貢献できるよう鋭意努力する所存です。会員の皆様のご支援をいただければ幸甚です。
本学会は農業経営の発展に寄与することを使命とし,様々な問題に関わる研究を推進する母体として重要な社会的役割を担っています。とくに,農業を取り巻く環境が複雑化する現代においては,多種多様な問題に対して多角的な視点からのアプローチが求められているところです。
農業経営が直面している深刻・切実な問題は,それぞれの経営によって異なるでしょう。各農業経営は自らが抱える問題に対して適応策を講じ,経営の成長・発展に努めておられます。時には大きな事業転換が必要となり,そのことを契機として経営の成長・発展を遂げられることも少なくありません。一方,各時代の農業を取り巻く環境が孕む種々のリスクに関して,程度の差はあれども多くの農業経営において,そのようなリスクが現実の経営問題として顕在化した場合への備えの必要性を感じておられると思います。ただし,そのリスクが問題化し何らかのダメージを与えるに至るまでは,具体的な対応をとることが容易ではないことも事実です。とくに,これまで経験したことのない危機的な問題に関わるリスクに対しての備えはより困難となります。実際に起きていないダメージの内容は不明確であり,その軽減や防止を目的とする備えのための費用負担や投資は目に見えるメリットを生じず,先延ばしにすることが短期的には効率的となるからです。しかし,同リスクへの備えは,経営の安定化および成長・発展に必要な経営管理といえます。
現代の日本において多くの農業経営が共通して認識しながらも,その備えが遅々としている未経験の危機に関わるリスクの一つに,生産のみならず経営全体に及ぶであろう気候変動の激化によるダメージがあります。年々の気温の上昇は既に農産物の生産にダメージを与えていることは周知であり,その適応策として耐暑性の高い品種の開発や品種・品目の転換,栽培時期の調整等が行われています。ただし,これらの取り組みは,気温の上昇が農作物の生育に与えるダメージが顕在化した生産過程における局所的な対応にとどまる傾向にあります。すなわち,未経験の危機という問題が顕在化した場合には手探りでの適応策を採らざるを得ず,往々にしてダメージが生じた局面のみでの対処がなされることになります。このようなアドホックな適応の繰り返しは,中長期的には非効率となってしまうことは明らかです。
悲観的ではありますが,今後の気候変動の激化が,例えば,干ばつ,烈風や豪雨の増加,表土の流出,山火事の増加,等のような農業経営全体としての適応を必要とするダメージを伴う可能性は小さくないと考えるべきだと思います。いわゆるミニ・マックス戦略の発想です。しかし,多くの農業経営においてそのような想定に基づく備えが行われづらいことは上述のとおりです。温暖湿潤気候の下で気候変動の程度およびダメージが比較的軽度な我が国の現状において悲観論は遠ざけられがちです。
しかし,海外に目を向ければ干ばつ等の個々の農業経営では適応が困難であり,産地地域やより広範囲な地域,一国全体,さらには国を跨いでの協力体制が必要となるダメージに直面している例は少なくありません。当該の地域や国では高い危機意識を有しつつ,現在のダメージへの適応だけでなく,今後の事態の悪化への備えにも取り組んでおり,生産体制自体を大幅に再編する必要が生じている場合もあります。このような状況は,我が国の農業や農業経営を他国との比較により相対化して分析・検討することの重要性を示唆します。
我が国の農業は,独自の歴史的背景の下で,生産に関わる諸条件に適応するための途を探求することにより成長・発展を遂げてきました。このことは,農業経営および農業経営研究の正攻法的な努力の成果と言えます。しかし,未経験の危機へ備えることの重要性が高まっている今日,他国との比較により日本の農業や農業経営を相対化し,その安定化と成長・発展を探求することの必要性が高まっていると考えます。換言すれば,国内の農業や農業経営だけを対象とする分析・検討に対しては,同危機への適応力に関わる限界を指摘できます。将来に起こる可能性のある未経験の危機に備える上で,既に現実の経営問題として顕在化している他国のダメージや適応策の把握,および関連する多国間の諸条件の比較研究は有用な情報を生み出します。また,そのような研究は他国の農業経営研究に日本の知見を提供することを可能とします。
今後,我が国の農業が世界市場の動向から受ける影響への適応と同時に,種々のリスクに関わって他国と連帯することの重要性はより強まることは明らかです。このような状況において,我が国の農業や農業経営を世界の中で相対化し分析・検討することは,農業経営研究の重要なアプローチとして有用かつ重要であると考えます。同時に,これらの研究への取り組みを推進することは,農業や農業経営の成長・発展に寄与することを使命とする本学会に期待される社会貢献の一つであると思います。
日本農業経営学会 第22期会長 伊庭 治彦